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東京高等裁判所 昭和63年(う)869号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人立木恭義作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用するが、所論は、要するに、被告人に対する原判決の量刑が不当に重い、というのである。

所論の検討に先立ち、職権をもって調査するに、記録によると、原判決は、「被告人は、第一、昭和六三年五月一日午前六時四〇分ころ、長野県上田市《番地省略》A子方において、同人の娘B子に面会を強要する目的で、同家玄関から居室内に故なく侵入し、第二、右日時場所において、手拳で玄関ガラス戸を破り、下駄箱、唐紙等を蹴りつけたり、テーブルを引き倒すなどして右A子所有の玄関ガラス戸ガラス二枚外下駄箱等七点(時価合計約一一万一四〇〇円相当)を破壊し、もって、他人の器物を損壊した」との公訴事実につき、罪となるべき事実として、原判示のとおり、「被告人は、第一、公訴事実記載の日時場所において、被害者方家人が居留守を使っているものと邪推して激昂するとともに、同人の娘B子に強いて面談しようと企て、手拳で被害者方玄関戸のガラス二枚(時価約六四〇〇円相当)を殴打して破壊したうえ、その施錠を解き、同所から無断で居宅内に侵入し、第二、続いて、右居宅内において、その激情に駆られるまま、右B子を探し求め、何処かに潜んでいる同女が現れることを期待しつつ、下駄箱や唐紙等を蹴りつけたり、テーブルを引き倒すなどして暴れ、よって、右A子所有の下駄箱等七点(時価合計約一〇万五〇〇〇円相当)を破損した」旨の事実を認定し、これに対する法令の適用として、「被告人の判示罪となるべき事実第一の所為中、器物損壊の点は刑法二六一条・罰金等臨時措置法三条一項一号に、住居侵入の点は刑法一三〇条前段・罰金等臨時措置法三条一項一号に、同第二の所為は包括して刑法二六一条・罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するところ、第一の器物損壊と住居侵入との間には手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段・一〇条により、一罪として犯情の重い住居侵入罪の刑で処断し、第一、第二の各罪の所定刑中いずれも懲役刑を選択し、前記の累犯前科があるので、同法五九条・五六条一項・五七条により四犯の加重をし、右各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文・一〇条により、犯情の重い第一の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処」する旨を判示していることが明らかである。

そこで検討すると、原判決の事実認定自体は本件公訴事実に沿うもので、関係証拠に徴してもこれに誤りがあるとは認められないが、右法令の適用について誤りがあるのでこれを是認することができない。

すなわち、関係証拠に照らすと、先ず、被告人は、原判決も判示するとおり、被害者方家人が居留守を使っているものと邪推して激昂すると共に、B子に強いて面談しようとして、被害者方玄関戸のガラス二枚を破壊し、居宅内に侵入したうえ、引き続き、激情にかられるまま、B子を探し求め、同女が現れることを期待して右居宅内の被害者所有にかかる下駄箱、唐紙、テーブル等を破損したものと認められるから、これらの、玄関戸のガラスないし下駄箱等の破損行為は、同一の機会における同一所有者の器物に対する一連の器物損壊行為として包括して器物損壊の一罪を構成するものと解される。次に、本件下駄箱、唐紙、テーブル等を破損した行為は、いわゆる継続犯である本件住居侵入の犯行中に、その侵入の状態を利用して行ったものであり、右住居侵入と器物損壊の間には通常の手段結果の関係があると解され、なお、被告人が本件住居侵入のうえ、その侵入の状態を利用して器物損壊の各所為に及んだ各動機、目的、本件犯行の具体的態様、経過等にかんがみると、被告人は、主観的な面及び具体的行為の面でも、両罪を手段結果の関係において実行したものと認められるから、本件住居侵入と一連の器物損壊の各罪は刑法五四条一項後段の牽連犯の関係にあると解するのが相当である(ちなみに、被告人は、玄関戸のガラス二枚を手拳で破壊した行為自体により本件居宅への侵入に着手したものであるから、この限りで判断すると、本件所為中右ガラス破壊の点と住居侵入の点とは観念的競合に当たるべき場合であり、原判示のようにガラスの器物損壊を手段とする住居侵入との牽連関係と解すべきではない。しかし、いずれにしてもガラス破壊の点はその余の器物破損の点と包括して一個の器物損壊罪を構成することは前示のとおりであるから、結局、一罪としての同罪が住居侵入罪と牽連犯の関係に立つものと解すべきである。)。

してみると、前示のような原判決の法令の適用には誤りがあり、とくに本件につき併合罪加重の処理を行っている点において、右誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、量刑不当の論旨につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

そこで、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、被告事件につき、さらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和六三年五月一日午前六時四〇分ころ、高校時代の同級生であるB子と面談すべく、その生家の長野県上田市《番地省略》所在のA子(B子の母親)方居宅に赴き、玄関先で、呼び鈴を鳴らしたり、大声で呼び掛けながら玄関ガラス戸を叩くなどして応対を求めたが、偶々、家人が不在でこれが得られないと、居留守を使われているものと邪推して激昂するとともに、B子に強いて面談しようと企て、手拳で右玄関戸のガラス二枚を殴打して破損し、その施錠を解き、同所から無断で右居宅内に侵入し、引き続き、右居宅内において、その激情に駆られるまま、B子を探し求め、同女が現れることを期待しつつ、下駄箱や唐紙などを蹴りつけたり、テーブルを引き倒すなどして暴れ、よって、A子所有の下駄箱など七点(価格は右ガラス二枚分と併せて、合計約一一万一四〇〇円相当。)を破損したものである。

(証拠の標目)《省略》

(累犯前科)

原判示累犯前科の欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、住居侵入の点は刑法一三〇条前段・罰金等臨時措置法三条一項一号に、器物損壊の点は包括して刑法二六一条・罰金等臨時措置法三条一項一号に各該当するところ、両者は手段結果の関係にあるから、刑法五四条一項後段、一〇条により、一罪として犯情の重い器物損壊罪の刑で処断し、所定刑中懲役刑を選択し、前示累犯前科があるので同法五九条、五六条一項、五七条により四犯の加重をした刑期の範囲内で処断すべきところ、本件の情状を検討するに、被告人の本件犯行に至る動機が自分勝手なものであるうえ、犯行態様が極めて粗暴であること、本件犯行により、被害者や前示B子を初め近隣の者らに対し大きな不安・困惑の念を生じさせると共に被害者に対し相当高額の財産上の損害を与えたものであること等に照らし犯情は甚だ悪いことに加え、被告人は、昭和五一年以降、原判示累犯前科三犯を含め、傷害、恐喝未遂、窃盗、詐欺、暴行等の罪により七回有罪判決を受け、五回にわたり服役しているもので、本件犯行は最終刑の執行終了後二か月弱の時期におけるものであることにかんがみると、被告人には法規範無視の態度が顕著に認められて、その刑事責任は重いといわなければならないが、他方において、被告人は、平素は土木作業員としてまじめに稼働しているものと認められること、原判決後、被告人の母の協力により、被害者に対し本件被害相当額(一一万一四〇〇円)が弁償され、被告人と被害者との間で示談が成立するに至っていること、被告人が本件を深く反省し、今後被害者やB子に接触しない旨を誓っていることなど、被告人のため酌むべき事情も認められるので、彼此勘案して検討したうえ、被告人を懲役八月に処することとし、刑法二一条により、原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書により、被告人に負担させないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田光了 裁判官 坂井智 生島三則)

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